自己紹介

発達障害ADHDのぼくががやめたくてもやめられない3つのこと

投稿日:2018年7月19日 更新日:

こんにちは、おとなになって発達障害ADHDと診断された管理人です。

発達障害やADHDの特性が原因かはわかりませんが、仕事は転々としてきましたし人間関係もいろいろとこじらせてきました。

メンタルも浮き沈みもはげしく、日常生活がままならなくなることもありました。

そんな経験をしてきているので、この社会での生きづらさ、この社会への怒りなんかを感じながら生活をしてきました。

そして「予定や計画が苦手」「物がなくなる」「忘れ物が多い」「遅刻」「眠れない」など、自分の抱えている問題をひとつひとつ確認していくと、

あれ・・・自分って発達障害くさいADHDなんじゃね?

と思うようになりました。

しかしながら、これもまた自分の価値観において、発達障害そのものの特性については悪いものと捉えていませんでした。

なぜなら自分がそういう人間だからというわけではありませんが、発達障害ADHDの特性を知れば知るほど、

こういう人、いいじゃんか!

と思うからです。

さて、そんなぼくが「大人になってもやめられないこと」についての話です。

「やめられないこと」と「発達障害ADHD」には直接的な因果関係はありません。

ただこうした自分自身の分析や考察が、同じように「生きづらさを感じている人」に共感していただけたらうれしい限りです。

やめられない3つのこと

やめたいけれどやめられないこと。つまり悪い習慣のことです。

昔から「かむ馬はしまいまでかむ」なんてことも言われますが、悪い癖や習慣というのはそうは簡単になおせず、大人になってもやめられないことがあります。

なんなら寝ている間にも無意識でやっているようです。

まずはその行動について。

①鼻をさわる

よく鼻をさわります。無意識でさわっています。

さわるだけならまだ良いのですが、鼻の骨をつまみ上げるように力をいれてつまんでしまいます。

鼻をさわることでおきる3つ問題点

鼻をさわる問題点がいくつかあります。

  • かなり頻繁に鼻をさわるため鼻の毛穴が黒くなる
  • 強くつまむこともあり毛穴の汚れや油でべたつく
  • 鼻が皮がむけて血がでる
  • 手がべたついてくる

こうした理由から、できればやめたいとおもっているのですが、生きていくことに支障がないということもなかなかやめることができません。

鼻をさわりだした理由

そもそもなぜ鼻をさわりだしたのか?

その理由は大人になったいまでもハッキリと覚えています。

それは思春期まっただ中の中学生時代、クラスメイトに自分の鼻についてこんなことを言われたから。

  • 魔女みたいな鼻だね
  • ニンニクみたいな鼻
  • キン肉マンのみたいな鼻

悪気があったわけではないことはわかるのですが、多感な時期と言うこともあり自分の鼻が好きになれませんでした。

なんとかして「鼻の形を変えることはできないか?高くすることはできないか?」と悩み考えて出した答えが、

鼻の骨を両側からつまんで押しあげ整形しよう!

これは10代から30歳を超えたいまでも癖になっていますが、お察しのとおり整形の効果はないといっていいでしょう。

いまとなってはやらなかった時との比較ができないのでわかりませんが、鼻をさわるようになったきっかけのひとつがこれというわけです。

鼻のベタつき

思春期で体の代謝もかなり活発だったのでしょう。

高校生の時、鼻のベタつきが気になり始めたころでした。

鼻の表面をこすると皮脂がぽろぽろが剥がれ落ちるという状態。

ぼく自身はあまり気にしていなかったのですが、これもまたクラスメイトに鼻のことをイジられたことですごく気にするようになっていきました。

そんな時に衝撃的なコマーシャルを目にします。

ビオレ「毛穴スッキリパック」

当時見ていたCM映像とはちがうような気がしますが・・・記憶があいまい。

その当時、鼻の毛穴には皮脂が詰まり、毛穴そのものが大きく広がっていました。

このCMをみてすぐに試してみましたが毛穴につまった汚れは取れませんでした。

それでもなんとか汚れをとれる方法がないかと模索しているうちに「鼻をつまんで皮脂・汚れを押し出す」という方法にたどりつきました。

この方法によって毛穴につまった汚れはとれるようになったのですが、代わりに「不衛生な手で鼻をさわる」という習慣に拍車がかかってしまう結果になりました。

しかし、よくよく思い返してみると、鼻をさわるようになる前から「なにかをさわる、いじる」クセがあった気がします。

おさえられない手の動き

「鼻をさわる」より前にも前には、耳をいじったり爪を噛んだりすることもありました。

「爪を噛む」ぼくがまっさきにイメージするのはアニメダブルZガンダムの主人公「カミーユ・ビダン」です。

繊細で感情的な人間であり、ガンダムの世界においては「ニュータイプ」という位置づけ。アニメ終盤では、おとなの都合によって宇宙戦争に参加。人間の死や怒り、悲しみに繰りかえし直面したことで、精神を崩壊させてしまう。

Zガンダムの描いた世界観は、いまの社会そのままだと言えます。

参考:カミーユ・ビダン とは【ピクシブ百科事典】

爪をかむクセがあるひとは、カミーユのように繊細な心をもっている人だと思います。

異常なほどにあまえたり、人に依存したりすることもあったり、極端にストレスをためやすかったり、ストレスに弱かったりして、実はすごく純粋でやさしい心を持っている人なのだと思っています。

根底にあるのは「完璧主義」かもしれない、と研究者たちは指摘する。完璧主義にはいいイメージがあるかもしれないが、実は思っているより心理的に大きな負担をかける原因になっている。

(中略)

「完璧主義者はリラックスしたり、作業を“普通”のペースでやるのが苦手です。そして目標を達成できないと、簡単にフラストレーションをためたり、イライラしたり、満足感を得られなかったりします。また、非常に飽きっぽいという特徴もあります」

(中略)

爪を噛む習慣が時々あっても、不安になる必要はない。そういった行動は、エネルギーをもっと生産的な活動に使えない時に起こる、一時的な行為であると研究者たちは考えている。

出典:つい爪を噛んでしまう...... そんな人は、実は完璧主義かも(研究結果)|HUFFPOST

爪をかむことが精神安定剤になっているのかもしれませんね。

②指の関節をポキポキと鳴らす

これも小さいときからのクセです。きっかけはアニメ「北斗の拳」です。

指をポキポキならすのも、手さみしさもひとつの要因だと考えています。

③紙や布を爪でカリカリする

これも小さい頃からやっていてなおりません。文字にするとなんのことか、わからないと思います。

ある程度、かたさのある布を折りたたんで角をつくり、角を爪でカリカリするのです。

基本的にはいじっているだけなのですが、どうやらこれをやると落ち着くようで、小さい頃からずっとやっています。

共通することは手や指をつかうこと

こどもの頃からのクセを思い出してみると、共通することは「手をつかう」ところです。

一般的には「手遊び」や「指遊び」と言われ、赤ちゃんやこどもによく見られる行動です。

ただおさないこどもだけではなく、爪を噛んだり紙をいじったりする手遊びは大人にも見受けられる行動です。

原因は気持ちをおちつけるため

手や指をつかう「手遊び」や「指遊び」は、こどもによくみられることですが年齢や経験はあまり関係がないと思います。

最近ではメンタリストDaiGoさんが相手の仕草、表情、目線などを分析して心をよみ、行動を予想するという場面をよく見かけます。

人間が言葉を覚えた代償として、自分自身や相手にウソをついたり自分の気持ちをごまかしたりすることを覚えた、という話を聞いたことがあります。

人間の行動にはかならずなにかしらの理由があるわけです。

一般的に手や指をつかった癖には「心の不安定さを行動によって落ち着かせる」という意味があります。

たしかに言葉がつかえるようにはなったのですが、直接的につたえることへの恐怖も同時に覚えてしまった人には、なかなか言葉には出せないひともいるのです。

そして、それが繰り返されるとクセになっていくわけです、、、って、全部、ぼくのことですので、参考ていどに聴いてくださいね。

「やめられないこと」は問題なのか?

さて、ここまで書いてきて思ったのですが。

やめられないことって誰にでもあるはずなんですが、ぼくの場合の「手癖・指癖」は、そもそもやめなくてはいけないのか?

という疑問です。

「やめたい気持ち」はある

やめられるものならやめたい

しかし、「あー、もう、やめてやる!」という状態になってまで、やめなくてはいけないのだろうか?

「やめなくていい」とおもう

やめなくてはいけない

そう思うことで、また自分をおいつめていき、「あー、また、やめられなかった。」と自信をなくして、それがまた次のストレスになる。

悪循環におちいるのであれば、前提である「やめたい」「やめなくてはいけない」を変えた方がラクに生きていけそうです。

 

そう。

 

やめなくていい、そのままでいい。

さいごに

長々と書いてきましたが、手や指をいじる癖のある人は、なにかしらのストレスを感じているのかもしれません。

人間観察が好きなので、上であげた例のほかに、髪や肩など、体の一部をしきりにさわる人をたくさん見てきました。

あるいは、心細さやさみしさを感じているのかもしれません。

身近にいて大切にしたい人ほど、小さなサインを見逃さないようにしてほしいな、と。

そして、本人も心の状態に気づいたり、周囲の協力者に心を開いていくことを恐れずにやってみてほしいと思います。

 

ではでは、最後までありがとうございました。

スポンサーリンク

-自己紹介
-, ,

Copyright© endooows , 2019 All Rights Reserved.