ご連絡はこちら
発達障害について

発達障害の人の生きづらさは個人の問題だけではない。

生きづらさの原因

情報は「人を救うこともあれば、時に、人を精神的に追い詰める」ことがあります。

特に、発達障害の人、その疑いのある人もみな、すごくナイーブなメンタルを持っているように感じています。

受け取った言葉や情報を、熟慮することなく、そのまま受け止めてしまうのです。

さまざまな情報が飛び交うこの時代において、生きづらさを感じて社会に適応できず苦しむ人たちの人生を狂わせることもある。

情報を発信する人も、情報を受け取る人も、そのことを理解してほしいと感じたのでこの記事を書くことにしました。

発達障害の人は「心」が理解できる優しい人

「発達障害」と一言で言っても、感情や言語、学習、知的など、それぞれに強みと弱みに偏りがあり、いろいろな人がいるということです。

ここでは単純にこの社会において「生きづらさを感じている人」のことだと考えてください。

誤解されているかもしれませんが、発達障害の人たちは思っている以上に他人の気持ちを理解しています。

場の空気感も読むことができます。

先を予測して自発的に動くこともできます。

なぜなら、誰よりも注意、指導、罵声…中には暴力うけるなど、「理不尽な経験」をしている人が多く、自分の身を守る手段として、本能的に嫌われないように、他者の気持ちに敏感になるからです。

もちろん、すべての人がそうであるとは言いませんが、少なくとも本人にとっては、すごく辛い経験をしてきている人たちである可能性が高いことは理解しておく必要があるでしょう。

なんでもない一言、よかれと思って言った言葉に、大きく動揺したり、心を傷めていたり、悩んだり、怒りを感じている場合があるということです。

自分の気持ちにもそうですが、他者の気持ちにも敏感な人が多いのです。

そうでなければ、発達障害の2次障害としてになることの理由が説明できません。

優しい心を持っているので、理解のある心の広い人からはすごく愛され、かわいがられることがあります。

しかし、そういう心の広い人や理解のある人というのは滅多に存在しません。

しかも、会社において出世する人は「どれだけの利益をもたらしたか?」とわかりやすく数字によって評価される会社が多く、能率的に仕事をこなすことができ、強い精神力を持っている人が管理職になる、という会社がまだまだ主流です。

なので、職場においては「限られた時間で最大限の成果」が求められるため、発達障害の人は先輩や上司、管理職の人たちから好かれることは、ほとんどありません。

発達障害当事者に求められること

発達障害の人たちに対して、社会が求めるものといえば、

  • やる気
  • 根性
  • 努力
  • 融通
  • 臨機応変
  • 計画性
  • コミュニケーション能力

など、発達障害の人たちが不得意とするところだったりします。

もともとの脳の特性上として苦手な場合もありますし、育った環境や人間関係のなかで嫌うようになったものもあります。

そして、これらが「努力」によって瞬時に乗り越えられるものであれば障害にはならないのです。

環境適応

発達障害の人は「変化が苦手」「変化に弱い」とよく言われます。しかし、環境への適応能力は、社会人には多く求められる能力です。

環境の変化とは例えば、

  • 空間
  • 人間関係
  • 作業項目

といったものです。人員配置、部署の変更などには消極的です。

こうした変化が起こると、次から次へと新しいものが目に飛び込んできます。見えるものだけではなく、頭に浮かぶものも増えます。経験のないことなので不安な気持ちも高まります。

さらには、本人にもどうすることもできない膨大な数の事象について、きになり、その処理に時間を費やします。

情報の取捨選択や優先順位をつけることが苦手だったり、あるいはできなかったりするので、処理速度が遅いわけではなく、処理しようとする項目が増えてしまい結果的として、脳や体はもちろん、気持ちもすごく疲れるのです。

ある程度、処理がすすんで落ち着いてきた頃に、また環境が変わるとなると「またあの疲労感と苦痛をあじわのか!?」という気持ちになるのわけです。

人間関係

職場での人間関係のトラブルは、誰しもに思い浮かぶことでしょう。

発達障害の人は「ちょっとしたミス」が多いので、周囲からは冷たい反応や言葉を投げられることがあります。

繰り返しの注意や指導によっても直せない行動のため、周囲からすれば必要以上に苛立ちを感じるわけです。

その苛立ちが、大きな声で罵声をあびせることにつながったり、人によっては暴力につながることもあります。

発達障害の人にとって、人間関係のトラブルにあう機会が多いのです。

一般常識・社会通念

まるで一般常識かのように、理不尽な環境や言葉を投げかけられることが多いため、人に対して疑いの心を抱く傾向があります。

と同時に、いちど身につけたルールや規則、繰り返しの作業については、変化を嫌う性格もあわさり、誰よりも守ろうとするところもあります。

一般的に「こだわり」と言われます。

端的に言えば、自分の信じているものにはかたくなですが、他者からの理由のわからない価値観の押しつけ対しては、疑ったり、怒りを感じる人もいます。

発達障害が生きていくためには?

発達障害の人が生きていくための最大の問題は「仕事」です。といっても、仕事は誰しもに当てはまることですが、発達障害の人にとっては、かなり重大な問題です。

どうやってお金を稼ぐか?

最も一般的である「会社員」という働き方は、いまの社会の大部分をしめる中小の企業では、理解も配慮もないがために、続けることがむずかしく、ぼくのように社会から孤立してしまう人もいるわけです。

それでも、仕事をしてお金は稼がなければなりません。勤労、納税の義務がありますから。

2018年現在では医療や福祉、行政の対応もだんだんと進み始めました。働き方の選択肢を増やしておくことも大切です。

生きづらさを感じる人が思う理想の社会とは

「発達障害」を障害と決めるのは、その人でも、家族でも、医師でも、職場でもありません。

社会全体が決めることだと思うわけです。

得意なこと、苦手なことは、誰しもに存在することなのですから、その人をどのようなコミュニケーションをはかり、最大の成果をあげるにはどうすればいいか?

それを形にしていくのが本来の会社の役割だと思うのです。

社会にでて仕事をするようになり、それから息苦しさや生きづらさを感じるようになる大人は、いまも昔も存在していたはずです。

そして、家族や上司の言われたままに、自分を戒めて「自分が変わらなければ。もっと努力しなくては。」と、自分を追い込んでみたり、自分の力ではどうすることもできないという現実と闘い苦しんだ人たちもいるはずです。

現代においては、医者にかかり「発達障害」であることがわかってやっと医療の側面から力をもらうことができます。

診断を受けたことで家族や会社からも配慮を受ける人もでてきました。

それでもなお、成功哲学、自己啓発、ビジネスマインド論といったほとんどの人が実行に移すことのない意見が散見しています。

  • 思考が変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が、、、
  • 相手に期待しない
  • 他者は変えられない、変えられるのは自分だけ。
  • 過去は関係ない、未来は変えられる。

といった意見を見聞きすることが本当に多くなりました。

この意見には同意できるところがたくさんあります。

しかし、じぶんが変わろうと努力した経験もあり、他者の無配慮によって大きな挫折を味わった人たちにとっては、「自分がわるい」「根性がたりない」と同じ意味に聞こえるのではないか、という懸念があります。

個人の努力ももちろん大切だとは思うのですが、

  • 本人と周囲の人
  • 本人と会社組織
  • 本人と社会

など、二項対立的にどちらか一方だけの問題して認識することのほうがよほど怖いことだと感じるわけです。

当事者「だけ」の問題としてあつかうのではなく、その人と関わる社会全体の問題として考えていかなければ、社会の発展も鈍くなります。

強い態度、強い言葉をとった者だけが脚光を浴び評価され、一方で、誰にも認められず罵倒され、心を壊した人たちはドロップアウトしていく、という社会。

少なくともぼくは、そんな社会が楽しい社会だとは思えないのです。

誰しもに当てはまることだとは思いますが、特に「変化を嫌い苦手としている」発達障害当事者に対して、どう関わっていけばいいのか。

特に、仕事で関わる人たちにはついては、障害者というフィルターを通さずに、

  • 「この人はなにが苦手なのだろうか?」
  • 「どのような環境を整備すれば、最大の成果をだしてくれるだろうか?」

といった視点で、職場の環境を整えていくことが、これからの時代に求められるのだと思います。

さいごに

よくよく考えてみれば、それは発達障害の人に限ったことではありません。

誰にでも当てはまることではないでしょうか。

経験や知識、権力、金など、社会的に強い立場にいる人だからこそ、ひとりひとりの人間性をよく理解し、その人にあった環境を用意することができるはずなのです。

弱者の努力と強者の優しさ

そんな温もりのある社会をねがって。

ABOUT ME
endooows

Endo's Weblogs

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です