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人生観

「臨機応変に考え方を変化させる」という意見に違和感を覚えたので考察してみた結果

a man

こんにちは、最近は「人間的な美しさってなんだろうか?」と考えることが多くなったぼくです。

そもそも「人間は美しく生きなければいけないの?」ということも疑問になりますよね。それでも「理由はなくともただ人として美しさを追求しながら生きていきたい」。

そう思っています。だってそれが「人間らしさ」ですから。

さて。

インターネット上には本当にいろいろな人がいらっしゃいます。そうなると、そこにいる人の数だけ、それぞれの意見や価値観、判断基準があるわけです。

とすると、インターネットを活用してリアルタイムで、同じ言語をもちいて「コミュニケーションや会話、議論をする」こと。

あるいは、そういった会話や議論の「場を設ける」ことができるっていうだけでも、すごいことだと思うわけです。

それがたとえ、不特定多数であったとしても、理解力や知的レベルに違いがあって、意思疎通がうまくできなかったとしてもです。

大切にしたいことは、コミュニケーションや議論の結果よりも、意思疎通をはかるための手段と機会があること。それだけで、とても素晴らしいことだと思うわけです。

そういう場にいて感じる「違和感」のひとつ。

人は環境に応じて臨機応変に考え方を変えるべき

という意見や考え方についての話。

臨機応変に考え方を変える、それを受け入れる人

臨機応変に自分自身に改革を起こしていく。

考え方を変えていく。

考え方を臨機応変に変えるっていうのは、簡単にできることではないですし、すごく大事な価値観だと思います。

こういった考え方、言葉の表現は多少違っても、きっとどこかで目にしたり、聞いたことがあるのではないでしょうか?

これって、つまりこういうことではないでしょうか?

時代の変化、あるいは、人間関係や環境の変化によって、

自分の言動を左右する「考え方そのもの」も変えていくことは大切。

なぜなら、置かれた状況の変化に対応できないままでいると、

苦しい思いをするのは自分自身なんだぜ?

おk?

なるほど。うん、わかります。

時代は激しく変化してますから、特に10代や20代の文化や考え方を知り、できたら理解して取り入れてみるというのは、すごく重要だと思います。

最近の若者の文化ですよねぇ…最近はなんだろうなぁ…「エアマックス95」とか??

(ふるっ

 

ただ「変化に対応するために自分の考え方も臨機応変に変えていく」という意見には、以前から疑問を感じておりました。

その理由は一体なんだろうか?

臨機応変に考え方を変える、それを認めない人

臨機応変に考え方を変える

そこに大きな疑問を感じていましたが、その正体についてずっと考えていました。

その結果、わかったことは「考え方」にはふたつの種類があるのだろう、と。

  1. 変えるべき/変えたほうがいい/変えてもいい
  2. 絶対に変えてはいけない

自分がもっている意見や考え方には、変えてはいけない価値観や判断基準があるはずなのです。

例えば「他人の物を盗んではいけない」とか、「人を殴ってはいけない」とか。

「人の命を奪ってはいけない」とか。

変えてはいけないはずの価値観や考え方が変わる瞬間

変えてはいけない価値観や考え方の中には「人に嘘を言ってはいけない」というものもあります。

理由は単純。

社会を構成する一員として、嘘をつくことで、本人以外の誰も得をしないからです。むしろ周囲の人は損をする可能性があるわけですから、嘘をつく人は嫌われます。

当然です。

しかし、インターネットの世界を見てみれば、相変わらずこの「嘘」が横行しているようです。もちろん《うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい》との名言もありますから、ネットの世界では「嘘つきは当然ように存在する」と思ったほうがいいでしょう。

ただここ最近のウェブの様子を見ていると、「多様性」や「時代の流れ」という言葉をたてに「嘘の一般化」「嘘をつくのが当たり前」といった価値観の普遍化がはかられているような気がしてなりません。

時代の変化とともに「いじめは陰湿化している」という話をよく耳にします。スマートフォンやモバイル端末の普及なんかによって、インターネットが一般化したことが大きいでしょう。

ウェブの世界も同様で、昔から存在している使い古された手法。まるで価値のない陳腐な言葉。それらが、まるで「これからの時代における今までになかった新しい価値観であるかのごとくありがたがられる雰囲気」。そうした「笑いのひとつもおきない陰湿な虚言」に対してぼくはすごく違和感をおぼえていたのだろう・・・

ということに気がつきました。

さいごに

インターネット上の言葉をもとにした情報を眺めていると、不思議と最先端の意見や知識に触れているような錯覚に陥りがちです。

しかし実際は、そのジャンルの最先端を行く名プレイヤーな雰囲気を出している人たちも、意図的にか、そうでないかはわかりませんが、どこかの誰かと同じことを言っているのです。

それを「まるで自分がこの世でいちばん最初に言いはじめた先駆者」な雰囲気で話す人もいたりします。

偶然にもまったく同じことを偉そうなことを書いてしまうパターンもあるでしょう…この記事もいっさいなにも調べていないので、同じことを主張されている先輩がいるかもしれません。※気が合いそうなので飲みにでも連れて行ってください。

発信する内容や姿勢については、本当にいろんな方がいるので、自分が美しいと感じる方法と言葉をもって伝えるようにしたい。

自分にとって美しい人とは、一体どんな人だろうか?

美しいあり方とは、どんな生き方だろうか?

その人にいま自分はなっているだろうか?

ツイッターやブログとよばれるウェブの世界を浮遊しながら、そんなことを感じている今日この頃です。

ではでは、良い人生を。

追伸

kingen
人を遠ざけるべきか、人と関わるべきか、人としてどうあるべきか?こんにちは。「いろんな人がいるもんだ」が口癖のぼくです。 接客という仕事をしていると「お客さま」と会話をする機会にめぐまれます。会話を...

そういえば、新しい価値観を発信しながら生きている人もいましたね…ぼくの経験上、そういう独自の感性と経験を積み、徳のある人っていうのは、インターネット上にはいません。

実社会のほうが多いのです。

だからぼくはコンビニの店員であっても「ありがとう」を丁寧に言うようにしているのかもしれません、どこで、どんな人とつながるか、わかりませんからね。

ではでは。

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