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育児

自分のこどもだからといって特別なあつかいもしないし特別な感情もない

こどもが生まれて1ヶ月がたちました

前駆陣痛~陣痛、分娩・・・この出産という一連の流れで、まるまる30時間くらい不眠だったので、ぼくとしても大変な想いをしました。

無事に産まれたとは言え、赤ちゃんとのやりとり、産後の手続きなど、わからないことだらけなので、この1ヶ月という期間もなかなか大変でした。

もちろん身体的にも、精神的にもかなり疲弊している嫁が、なによりいちばん大変だと思いますので、子育てにも積極的に参加していこうと思います。

ちなみに、「入浴」と「寝かしつけ」担当に任命されました!やったね!!

人生ではじめて責任のあるポジションをもらったので、うれしいです。いや、ほんと。

さて、こどもができたことで、ぼく自身になにか変化はあるのか?

こどもができると父親は変わる

そんな話をよく耳にしていて、こどもができる前からずっと気になっていたので、

実際のところはどうだったのか、ぼく自身の体験談として振り返ってみたいと思います。

参考までに。

親バカにはならない

まず、じぶんのこどもができるあたって、いちばん気になっていたこと

それは「親バカ」という疑問

わが子かわいさのあまり、子供の的確な評価ができないで、他人から見ると愚かに思える行動をすること。また、その親。

出典:goo国語辞書

自分のこどもを異様に褒める親の姿、現実社会でも見ることが多いです。

「ぼくは絶対に親バカにはならない」

「いや、親バカにはなりたくない」

そう思っていたのですが、そうは言っても、こどもが生まれてみないと、どうなるかわからないのでずっと気になっていました。

結果としては、親バカになりませんでした。

それは、なぜか?

自分のこどもだが「ひとりの人」

職業柄なのか、人間性がそうなのか。

赤ちゃんだから、とか、

自分のこどもだから、とか、

そういう意識はまったくなくて、たとえ、自分のこどもであっても意識としては「ひとりの人」として関わっている感覚です。

それはつまり、嫁や友人、職場の人、店の店員さん、取引先相手、ツイッターの人…

「どんなところだって、どんな人と接するときも、その人から学ぶことが必ずある、尊敬すべきところがある」という意識で人と関わりたいということです。

「じぶんのこどもはかわいい」「かわいいからなんでも許す」という意識のうらには、「他のこどもとの比較」という意識がぼんやりとあるように感じます

そこにぼくはある種の不気味さ、気持ちの悪さを感じてしまうのでしょう。

どんな人でも、じぶんのこどもであっても、赤ちゃんであっても、

社会正義に反しない中で、自分が正しいと信じる判断基準でこどもと関わりたいし、育児や教育の時もそうでありたい

というぼくの人間性からもこの先、ぼくは「親バカ」になることはないでしょう。

ただ、

一緒にいて明るく楽しい気持ちにさせてくれる「親バカ」になら、なってもいいかなーとも思います。

例えば、Twitterですこし絡んでいただいたごれむすさんのような方です。

要するに、「親バカ」という言葉の意味合いではなくて、自分だけが満足なのか、周りの人もしあわせな気持ちなのか、ということが大事なのだと思うわけです。

赤ちゃんの「経験するチャンス」をうばわない

うちの赤ちゃん、この1ヶ月は「夜型人間」でした。

幸いなことに、ぼくもかなりの夜型人間なのでそこそこ大丈夫なのですが、嫁がかなり参っていますし、ぼくも仕事とサイト作成でかなり疲れている時もあります。

そういうとき「大人はほんとにズルくていかんな」と。

泣いている赤ちゃんからぼくらはなにを感じるか?

ぼくらは疲れて寝たいのですが、赤ちゃんからすればそんなこと関係なくて、泣くときは泣きますし、寝ないときは寝ません。

赤ちゃんが泣いていると「なにかを要求している」「不満がある」と勝手に赤ちゃんの気持ちを決めつけてしまっているところがあって「自分勝手でいかんな…」と。

  • 赤ちゃんはつらくて泣いているの?ほんとにそうなの?
  • ぼくらは、おもしろくて泣く時もあるし、嬉しくて泣くときだってあるよね?
  • もしかしたら、赤ちゃんも嬉しくて泣いていることだってあるんじゃないの?

とふと思ったわけです。

固定観念や常識にとらわれ、赤ちゃんの気持ちを決めつけてしまうと、こちらの対応も決まったものになってしまいます。

むりやり泣き止ませようとしたり、母乳を飲ませて寝かしつけようとしたり…

赤ちゃんの泣いたりわめいたりすることに対して、決まった対応になってしまうと、

「赤ちゃんの小さな変化に気がつけなくなってしまうのではないか?」という疑問も浮かんできました。

こちらの決めつけで、本来なら赤ちゃんの成長のために必要だったかもしれない「経験するチャンス」を奪うようなことは、赤ちゃんにとっても、ぼくら親としても良いことではないように思います。

親としても考えることで楽しむ

赤ちゃんの経験するチャンスをうばわない

という意識をもつことで、赤ちゃんの表情や動きをよく観察したり、泣いている理由を考えたりするようになりました。そうすることで、ぼくも子育てを楽しめるようになってきました。

「この方法がうまくいかなかったから、次はこうしてみたらどうか?」と試行錯誤する過程が楽しいということです。

  • 明日、仕事なのに…もう眠いのに…寝かせてくれよぉ…
  • さっき寝ついたばっかりやん、もう起きるのっ!?
  • 泣きやまなくてつらい…
  • ぜんぜん寝てくれない…
  • なんで泣きやまないんだろう…

と辛くなることもありますが、どうせなら、赤ちゃんも自分たちもストレスをためずに、子育てに向き合いたいと思っています。

そのために、まずは自分たちが楽しむこと。

楽しむためにはどうすればいいか。

その姿勢が大切なんじゃないかと思ったわけです。

まとめ

生後1ヶ月の赤ちゃん

自分のこどもではありますが「ひとりの人間」として向き合うこと。

「こども」ではなく「ひと」として向き合うことで、ぼく自身も「父親」として意識が大きく変わることはなくなりました。

その結果、

  • 困っている人をどうすれば助けられるか?
  • どうすれば楽しませられるか?
  • いつもと違うところはないか?

ぼくが、「人としてこうありたい」と思える意識の中で、こどもと向きえているので、ストレスはありません。

むしろ仮説を立てて、検証して、試行錯誤をくりかえしながら、こどもの成長や変化をみつける楽しみをもってこどもと接することができています。

とはいえ、ぼくひとりがそう感じているだけで、実のところ、こどもはどう思っているのか、まだ「おんぎゃー!」しか言わないので、わからないのが寂しくもあります。

嫁にまかせてばかりいることもたくさんあるので、正直、嫁がどう思っているのか…気になっている今日この頃です。

ではでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!

追伸

2ヶ月がたって、赤ちゃんの泣き声、泣き方にパターンがあることに気がつきました。

よかったらそちらもお読みくださいませ。

赤ちゃん
[生後2ヶ月]赤ちゃんの泣き方のパターンと要求について考察してみた生後2ヶ月の赤ちゃん その泣き方にはいろいろなパターンがあることがだんだんとわかってきました。 泣きわめくただの人という目線で見てし...

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