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コラム

手を動かせば思考はとまる

アイキャッチ画像①

どうしてすぐに考えこんでしまうのだろうか?

考えることは悪いことではないんだけど、考えることばかりしていると「カタチ」としてなにも残らない。

それがとても苦しく、自己嫌悪に陥ってしまう。

それが結果として次の行動を妨げることにもなっているから、どんどん自分が嫌になるわけだ。考えることも手を動かすことも、どちらも当たり前のようにやらなければ、いつまでたっても自分は自分のままだ。

  • あの人のやっていること、すごい!
  • あの人の言っていること、すごい!

そうやっていつまでたっても人をうらやんでばかりの「傍観者」として、ぼくはこの人生を終えることになるかもしれない。

ぼくだけの人生ならばそれでもいい。しかし、ぼくには家族がいる。ぼくはどうなっていいんだれど、せめて家族だけでも心やすらぐ人生をおくってほしいものだ。

そして、その責任はぼくにもあるのだから、手をうごかさなければならない。やりたくない、こわい、などと言っている場合ではないのが現状だ。」

じゃあ、あらためて自分に問いたい。

なぜ、手が動かないのか?なぜ、せっかく動かした手を止めてしまうのか?

考える方が楽しいから

ストレングス・ファインダー結果①

どうやら、ぼくは考えることが好きらしい。

ストレングス・ファインダーというものをやってみたらこんな結果になった。

  1. 問題を探す
  2. 頭の中で考えるのが好き
  3. アイデアを考えるのが好き
  4. 決定や選択に最新の注意を払う
  5. 学習する意欲はある

なんとなくはわかっちゃいたけど、なんともまぁ、考えることがお好きなようで・・・ひとつくらい「行動」に関することがあってもよくね?、と思います。自分でも。

そうは言っても考えることは好きだし、とてつもなく楽しい時間だ。自分が自分でいられる時間だから、これからも大切にしたいと思っている。

手を動かすと必ず壁にぶち当たる

しかし、いまのぼくの現状、考えるだけでは飯が食えないし、外食、遠出をする余裕もない。余裕もないのにコミュニティに所属しているのは、自分が何者かでありたい心のあらわれであり、現実社会において心やすらぐ場所がないぼくにとって、そこがオアシスのように見えているからだと言い聞かせている。

参考:マイページ | 共創コミュニティ「SUSONO」│佐々木俊尚、松浦弥太郎、「灯台もと暮らし」、「箱庭」

とにもかくにも、手を動かさなければいけない状況にあるので、手を動かしてはいるんだけど、長年の癖なのか、本質的に自分がそういう人間だからなのか、理由はよくわからないが、こうして手を動かして文字を打ち込みながらも、頭ではすでに違うことを考えていたり、あるいは、表現したいのにうまく言葉にできなかったりすると、すぐにその手がとまってしまう。

それは一体、なぜだ!なぜなんだ!!

最後まで文章を書ききることができず、下書きにはどんどんと記事はたまっていく。消化不良だ。何を書いても良いはずの自分のブログで、記事ひとつも書くことができない。いままでいくつかブログを作成してきたが、毎回おなじことの繰りかえし。

こんなちょっとした壁ですら乗り越えられない。つらい。

なぜ手がとまってしまうのか?

なぜ手が止まるのか?

端的に言えば、なにを感じてなにを言いたいのか?それが自分の中で言語化できていないからだ。言葉にするよりも考える方がスピードがはやいから、文章で表現できないのだ。

あるいは、手を動かしたくないのかもしれない。なにかしらに理由をつけてにげだしたいだけの、ただの怠惰な人間なのかもしれない。でも…それだけはいやだ。

乗り越えるべき壁はなにか?

乗り越える壁がハッキリしていないことも原因だ。

ぼくがやるべきことはブログの記事を書くだけじゃなくて、他にもたくさんあるんだけど、そのひとつひとつでいちいち手が止まってしまう。

いまぼくは「やることはたくさんある」と書いたんだけど、そのやるべきことはすぐにはでてこない。もしかしたら、そんなにたくさんはないのかもしれない。

それを考えると、まず自分が乗り越えなきゃいけない壁がなんなのか?そこをはっきりさせる必要性を感じている。

乗り越えられたかどうかをどう判断するか?

もし仮に、乗り越えるべき壁が明確になっていたとしても、あきらめの多い人生のなかでは、乗り越えたのかどうかの判断が自分ではできない。

その可能性もあるし、それさえもよくわかっていないことは、大きな不安だ。

自分の手を動かし、例え小さな壁だったとしても「乗り越えた」という実感が、ぼくには必要だと感じているが、その判断をどうすればいいか?

よく言われる、明確な目標の設定やその日にやることは顕在化するTODOリストなんかは、なんどもやってみたけれど、習慣化されなかった。

じゃあ、家族にでも協力してもらおうか。

手を動かすことを楽しめ

もっと言えば、ぼくはいま手を動かすことを楽しめていない。

なんども言うように、考えることの方が好きだというのはあるんだけど、手を動かすと壁にぶち当たるので、正直、しんどい。

挑戦することをあきらめ避けてきた人間ではあるけれど、いまはとにかくやりたいことにはできるだけ取り組みたいと思えるようになったし、スローペースながら実際にやってみるようにもなった(と自分では思っている)。

そんな人間なので当然だけど、やったことのないことに挑戦して手をうごかせば、次から次へと襲いかかってくる新しい壁にどんどんぶち当たるわけですが、新しいことに出くわした時のこどものようなわくわくした気持ちを取り戻したいと思うわけです。

さいごに

手を動かせば思考はとまる

いまはまだ、手を動かしても頭では違うことを考えはじめ、勝手に疲れ果ててしまうわけだけど、手を動かしはじめたら思考がとまり、その状態を楽しめる人間にまずはなりたいと思っている。

とにかく、考えるだけで終わる人間にはなりたいくない。そう、あたまでっかちで、口だけは達者なダサい人間にはなりたくなのだ。

そうだった、そうだった。おい、がんばろか。

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