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人生観

生きづらい社会で発達障害ADHDが生きていくためにどうすればいいのか?

「この社会は生きづらい」と書かれた画像

発達障害の当事者にとっては、まだまだ理解や配慮が少ないために、すごく生きづらい世の中です。

だからといって、社会生活を放棄するわけにはいきません。なぜなら、生きづらさを感じている人ほど、たくさんの人の理解や協力を得る必要があるからです。社会との関わりを切ってしまうことは、自分の首をしめることにつながるのです。

ぼく自身、特に「仕事」「会社」という場面においては得意、不得意の差が激しいので、何度もドロップアウトを繰り返してきました。

いまこの瞬間ですら社会からドロップアウトするかどうかの瀬戸際。

という状況であるにも関わらず、矛盾だらけの社会においては、平然と仕事に取り組めるほどできた人間ではないので、どうすればいいのか悩んでいるところです。

最近、よく目にする機会の多い「納得感」を感じながらこの先の人生を歩むためにはどうすればいのだろうか?と考えておりました。

確実な答えはわかるはずもないのですが、現時点でハッキリしていることについてまとめておこうと思います。

発達障害が生きていくために必要なこと

この社会で生きづらさを感じ、はみ出てしまった自分自身に関して、その原因のほとんどが、

  • 目を疑うような言動をする人間と、いかにして共存するか?

 

ということ。つまり「コミュニケーション」です。

言っていることとやっていることが違う筋の通らない人間が、状況も把握しないままに意気揚々と命令だけをくだす、といった理不尽な状況に耐えられないのです。

「仏のような愛にあふれた人」

そういう人たちのあつまりなのであろう医療や福祉という業界においても、存在することも知っておく必要があるでしょう。

精神衛生上、人間は基本的にエゴの塊だと思っていたほうが楽だということです。

ぼくに残された道は「ウェブの世界」のみ、どうにかしたいんだが?

そんな矛盾だらけの社会で、自分には「選択しなければならないこと」が出てきてしまいました。

  1. 会社に属し、我慢しながらコミュニケーションをとり、働いてお金をかせぎ、生活する
  2. 会社に属さず、自分の信じた道をすすみ、事業主としてお金を稼ぎ、生活する

勤労と納税の義務があり、働ける体である以上、仕事はするつもりです。もちろん。

社会への貢献、社会秩序を保つためにも。

また社会とのつながりをもっておく、という意味でも仕事をしてお金を稼ぎ、稼いだお金で経済活動に参加することは、ぼくの価値観では避けて通ることができません。

一部では、健康で働けるにもかかわらず、仕事をせず、仕事を見つけようともせず、国や国民をだまして国からお金をもらっている人たちもいるようです。

また、人の気持ちをあおったり、人を騙したりしながらお金を手に入れる人など、いろいろな人がいます。

そんな人もいる社会ではありますが、ぼく個人としての「美意識」に反するところがあり、自分の歴史の中における「消すことのできない汚点になる」という価値観です。

そういう人にはならないためにも、社会を構成する人たちに良い影響を与えられるような仕事をして、社会に貢献できるような仕事をしたいわけです。

ぼくのこれまでの経験や興味。また自分の価値観に近しい人と交流ができるという意味でも、ぼくにはウェブの世界を手放すことができません。

なので、このブログを窓口としながらウェブの世界を中心として仕事をして、お金をいただく。それが、自分のやるべきことなのだろうな、と。

具体的には、

  1. ブログやサイト作成を通して得る広告収入(あわよくば純広告)
  2. ウェブライター

ぼくの経験を通して、できることと言えばこれくらいのことだろうか。当然のことだが、それで食べていくためには、相当に努力が必要だ。半端な気持ちで始めるのは、その道のプロに失礼になってしまう。

現状は、企業に属して仕事をしていますので、平行して仕事に取り組める状況を模索しているところです。

いまもその傾向がありますが、過去にウェブの情報に振り回されて、時間やお金、冷静な判断力を失い、自暴自棄になった経験があり、自分の価値観にも反するので、お金やマインド論で釣り上げるようなことだけはできません。

仕事については、淡々と信頼と経験を積み上げていくしかないのだと考えています。

特に、顔の見えないウェブという世界においては、ADHDの特徴でもある注意欠陥に責任をおしつけず、真摯に対応していきたいと思います。

お仕事の依頼等ありましたら、ツイッターDMまでご連絡くださいませ。

医療と福祉の活用

発達障害の可能性があり、仕事が続けられなくてしんどいし、生活費もヤバいし、なんなら借金とかしちゃってる。

という方は、モラルに反しない中で、医療と福祉は「活用するべき存在」だと思います。もちろん、病院や福祉施設の中には、腐りきっているような人もいるようですから、なんにでもすがれば良いというわけではない、そこには注意が必要です。

福祉の利用については「障害者手帳」が必要になることもあり、手帳の取得のためには「医療の判断」(診断書)が必要になります。

障害者として医療や福祉を活用すると言うことは、国民の税金を使うということでもあり、引け目を感じてしまう方もいることでしょう。ぼく自身がそういう人間ですし、障害者手帳を所持するつもりは今のところありません。

ただ、医療や福祉の活用については、活用する人の人間性や姿勢がとても大切だと思うので、「どうしても社会の一員として仕事がしたい。生活費がどうにもならないからとにかく働いてお金を稼ぎたい。だけど、うまくいかない、助けてほしい!」という前向きな姿勢の方であれば、どんどん利用するべきです。

ぼく個人としては、社会の一員として仕事や経済活動に参加することは、社会に属する不特定多数の人の幸福をねがう人としての優しさでもあると考えています。

社会のルールやモラルを大切にしながら理解者を得る

この矛盾だらけの社会にいると、定期的に気持ちの浮き沈みから絶望感にさいなまれることがあります。

こうした状況を救ってくれるのはいつもウェブの世界です。

礼儀・礼節をわきまえる

ウェブの世界で顔が見えないからといって礼儀や礼節は大切にしたいと感じています。

文字にしてしまうとすごく形式的で機械的なものに感じますが、大切にしたいことは「相手を尊敬する気持ち」です。

むしろ、顔が見えない平面の世界だからこそ、そこにある「言葉」については、すごく気をつける必要があります。

なぜなら、生きづらさを感じている人にとって必要なものは、理解と受容力のある温もりのある「人」だからです。

ウェブの世界は、たとえ一人に向けて言っているつもりで「不特定多数」の人が見ている可能性があるので、思いも寄らなった第三者の心を傷つけたり、人生を狂わせてしまうこともあります。

そうなると、思いも寄らぬ、想像もしていなかった敵をつくっている可能性もあるのです。

繰り返しになりますが、生きづらさを感じている人にとって必要なものは、温もりある理解者や協力者です。

自分が本当に苦しくて死にたくなるような精神状態、

助けてほしい…

という状況になったとき、「助けてあげたい」と思ってもらえるような人をめざす。それが、今のぼくにできることだろうと思います。

もちろん、ムリをすることはありませんが、自分らしく、自分の価値観を信じつつも、他者の存在や価値観も認め、切磋琢磨できる関係性がステキだと思うわけです。

障害者にとっては理不尽な社会だが特別な存在ではない

理不尽な想いをすることの多い発達障害の当事者ですから、社会への苛立ちを言葉にすることも多いと思います。それを後ろから応援する声も多かったりします。

しかし、勘違いしてはいけないと思うことは、障害者は特別な存在ではないということです。自分たちが他者に対して理解を求めるのであれば、自分たちも同様に、他者の気持ちを理解する必要があるのです。

人には要求するだけ要求しておいて、自分は他者に対して一切の理解を示さない。

それは社会では通用せず、むしろ、人とのつながりのから隔離され、排除される危険性すらあります。

この社会においては障害になっているかもしれませんが、障害者が他者の上に立つわけではありませんし、特別で守られるべき尊い存在というわけではありません。

  • 障害者なのだから理解すべき
  • 障害者なのだから配慮すべき

 

といったような横柄な態度な人は、例え障害があろうとも孤立してしまうものです。

だからこそ、現実においても、ウェブにおいても誰に対してもおなじ態度でのぞむことが大切です。

尊敬して教えを請うつもりで、礼儀礼節をわきまえて対応することが、とても重要だと感じています。

いつ、どこで、誰が見ているかわかりませんし、その人が人生を変えてくれるかもしれない人の可能性もあります。

心強い味方となって支えてくれる人かもしれません。

あるいは、ビジネスや家族としてのパートナーになる人かもしれませんから。

視野を広げる

社会にいて生きづらさを感じると、人とのつながりを絶ちたくなることがあります。

顔を合わせる人、話をする人も家族や友人、病院の先生…と、いつもと顔ぶれになりがちです。

福祉ではなくとも社会を変えようと尽力している温もりある起業家の存在

ぼくはいま福祉という業界にいて感じていることは、福祉の力では生きづらさを感じるこの社会の枠組み、普遍的な価値観、モラルは変えられないということ。

社会の枠組みや価値観を変えられる可能性があるのは、

  • 会社
  • 教育
  • 政治

だと思っていますが、現実的に絵が見えるのは「会社」だと思います。しかも、今の社会にはびこっている矛盾やムダ、不条理さに対して「怒りを感じている起業家による会社組織」だと感じています。

自分よりも生きづらく、苦しい想いをしている人がたくさんいる

自分とおなじ体験をしている人の存在は心強いものです。

なかには、自分よりもつらい経験をされている方もたくさんいらっしゃいます。

つらい経験をされている方で、かつ、ツイッターなどSNS、ブログといったインターネットメディアに現れる方もいますが、

世間にはインターネット上にも存在しない、過酷な体験や状況におかれている方はたくさんいるはずなのです。

そう思うと、こうしてブログを書くことができ、ツイッターでつぶやくことのできる自分の状況なんてたいした問題ではないように思えてくるのです。

おなじ環境に身をおき、おなじ人と顔をあわせて、おなじ会話をしても、生きづらさを感じている環境はなにも変わりません。

むしろ、苦しい状況が続けば、精神的なストレスが加速して、状況の悪化を招くことにもつながります。

とにかく視野を広げて、自分のおかれた状況を客観的にみてみることで、気持ちの負担を減らすことが大切です。

世の中は広い。本当にいろいろな人がいます。

自分の経験値、価値観で、自分の現状や人間関係をどうにかしようとおもっても、出てくる答えなんてたかだか知れています。

現実社会ではなかなかいろいろな人と交流するのはむずかしいですが、インターネットならそれを可能にしてくれることでしょう。

少なくともぼくは、インターネット、ツイッターという世界に身をおくことで、自分の考えていること、見てきた世界がいかにちっぽけだったのだろう、と反省しています。

と同時に、勇気をもらっているのは事実です。

働き方は一つではない

働き方はひとつではない。

わかってはいたことだけど、会社に属して、決められた時間で仕事をこなし、給料をもらう。

それだけではないということです。

会社に属さない、ということは、つまり「個人事業主」になるということ。そう思うと、腰は重くなりますよね。

ぼくは、会社に属して仕事をすること。プロジェクトを成功させて出世したり、役職をもらって責任ある仕事をこなしたり、チームリーダーとしても人望のある、そんな会社員に今でも憧れています。

しかし、どうやらぼくにはそれが難しいということがわかったので、個人事業主として働くという手段も視野に入れてみることにしました。

最近では、発達障害もふくめて「障害」に理解のある企業も増えてきたように思います。

特に、ツイッターの世界にいる方々は、人としての優しさもあり、障害への理解もあったりするので、すごく勇気をもらえることでしょう。

また、発達障害でありながら、複数の仕事をこなしている人たちもたくさんいて、そのがんばる姿にも勇気をもらうことができました。

会社に属して理解のない組織の中で我慢しながら働く

それもひとつの手段ですが、理解のある働きやすい企業をさがしたり、自分でも仕事をやってみたり、とたくさんの働き方があるということを知っておくだけで、気持ちに余裕がでるはずです。

まとめ

とにもかくにも、まずは自分の視野を広げることが大切だな、と。

逃げ場のない場所を、毎日のように往復するだけの日常では、心が病むのは当然なのだろうな、と。

ぼくもまだ、この先、自分がどのような働き方になるのかはわからない状態です。

しかし、いろいろな方法をためしてみることで、少しずつですが、目の前が明るくなってきているような気がしています。

経済的にも、精神的にも、余裕はありませんが、考えながら手を動かすことで、自信につながっているような気がします。

頭で考えることだけで終わらないよう、とにかく行動することを心がけていこうと思います。

ではでは。

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